2005年09月21日

Rockin' on Mr.Children

 『シフクノオト』がリリースされた時、この作品は今までの最高傑作であり、これから先もずっとミスチルの最高傑作であり続ける、と僕は思った。まぁ、ぶっちゃけ新しいアルバムがリリースされる度に、いつもそういう風に思ってはいるけど。でも、『シフクノオト』の時は、その気持ちがいつもより強かった。あれから、一年半…。

 のっけからやられた。「Worlds end」を聴くだけで、今までの作品とは一線を画していることは一目、いや一耳で分かる。なんなんだ、この感じは。上手く言葉で表現出来ないが、凄い「熱」を帯びているような感じがする。
 Mr.Childrenというバンドは、とても綿密かつ完成度の高い曲をプロダクトするというイメージが僕にはある。特に『IT'S A WONDERFUL WORLD』ではその傾向が顕著だし、『シフクノオト』もその延長線上あると考えている。
 だが、この作品には表面上、そのような印象を全く受けない。一言でいってしまえば、この作品を支配するのは“カオス”だ。作者のメッセージが明確に読み取れない。しかし、この解放感と絶頂感はなんだろう。
 
 人はいつ、生きているという実感を得るのだろうか。“シフクノトキ”にそれを感じるのだろうか。僕は違うと思う。幸せなときほどリアル感がないときはない。何だか浮ついたような感じになって、奇妙な不安感に襲われる。
 僕は、苦痛を感じるときこそ、生きているという実感を感じられると考えている。例えば、熱があるときなんかに、僕はそれを感じる。「潜水」はそのこと再確認させてくれる。
 そして、この作品は今までのどの作品よりも「生きている」気がする。

 桜井が言っているように、もはやMr.Childrenはポップなものしか作れない。Mr.Childrenとポップは運命共同体なんだと思う。「Monster」という曲ですら、ハードロックとポップが共存している。ミスチルの世界の中でポップとロックが相反するものという陳腐な定義は当てはまらない。彼らの世界の中で、その二つは常に共存している。

 僕は音楽理論的なものは全く分からないが、ミスチルが今もリスナーの「慣れ」というものから無縁でいられるのは、常に新しいタイプ(アレンジとかサウンドとか言う意味ではない)の曲を生み出すからだと思う。例えば「and I love you」なんかがそうだ。

 今回、彼らは「愛」という不確かなものを一つのマークに託した。そして、「you」ではなく、「U」(=Univers)と表現した。僕はその意味を必死に探ろうとする。「隔たり」におけるコンドームがほのめかす、日本が抱える問題。色んなものが絡みあって、この作品は成り立っている。世の中だって同じだ。

   ―僕らはきっと試されている どれくらいの強さで
    明日を信じていけるのかを… 多分 そうだよ―  
   「Worlds end」

 その瞬間に、もう「未来」は動き出している。

 でも、
 
 僕は“恋するだけの阿呆”でもいいと思っている。

 
 『シフクノオト』と今回の作品のどちらが最高傑作なのかは分からない。
 今分かるのは、どちらも僕らを抱擁してくれるということだ。
 でも、両者には決定的な違いがある。
 『シフクノオト』は優しく抱きしめてくれた。

 でも、この作品は違う。
 胸が痛くなるくらいに、ぎゅっと抱きしめるのだ。
 あまりに痛くて泣きそうになる。

 『T黒ハートU』はそんな作品だと僕は今思っている。


 参考文献:「ROCKIN' ON JAPAN」
      「WHAT's IN?」

   何故かレポート風(笑)。
posted by 一等賞 at 23:10| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | Musik Bahnhof | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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