2005年11月29日

ゆらぎ

例えるなら、アレはあれな訳だ。

ロミオとジュリエットは遇うべくして出会ったわけで、
また、ネアンデルタール人が残した一種の落書きも、
ゴッホのひまわりもミレーの落穂拾いも、
根源的には全く同じである。

僕らも、結局はミトコンドリアに支配されていて、
別にアダム・スミスが言ったような見えざる手に
支配さているわけではない。
ビルトインスタビライザーなど論外だ。

我に思う故に我あり、
なんてのは言わなくても分かっているし、
かといってデカルトの名声が落ちることはない。

問題はそういうことではない。
問題はオイラー線上にある。

ドップラー効果が教えてくれるのは、
神はエスニック集団に過ぎないということだ。

「銀河鉄道の夜」に登場するジョバンニが君だとしたら?
僕はカムパネルラでありえるだろうか?

もはやそんなことはどうだっていい。

何故なら、世界はカオスと矛盾のラブパレードだ。

絶望の先には絶望しかない。
かと言って希望だけを歌うのはナンセンスだ。
まさに、アウトオブクエスチョン。

飛びたきゃ飛べ。

全てはお前次第だ。

信長もダ・ビンチも、ましてやアインシュタインが
君の邪魔などするはずがない。

だから、飛べ。

僕はすでに飛んでいる。

そして、その瞬間から、もう「ゆらぎ」は始まっている。

posted by 一等賞 at 16:21| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | NO BORDER | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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